歯科医師が行う、歯ぎしり・食いしばりのための「ボツリヌス治療」
「歯科医院で、ボツリヌス治療?」そのように思われる方も、まだ少なくないかもしれません。
ボツリヌス治療(一般的に「ボトックス治療」として知られます)は、美容の分野で広く認知されていますが、実は歯科医療の領域においても、様々な機能的な問題を解決に導く、非常に有効な治療法の一つとして確立されています。
私たち歯科医師は、歯や歯茎だけでなく、お口周りの複雑な筋肉の構造や、顎の関節、そして噛み合わせ全体の機能について、深く理解した専門家です。
その専門的な知識と診断技術に基づき、当院では、単にシワを浅くするといった審美的な目的だけでなく、過剰な筋肉の緊張によって引き起こされる様々な歯科的問題(歯ぎしり・食いしばり、顎関節症など)を緩和するための「医療」として、このボツリヌス治療を導入しています。
長年のお悩みであった、ご自身ではコントロールできない「歯ぎしり」や「食いしばり」、そしてそれに伴う慢性的な顎の痛みや頭痛などを、外科的な手術を行うことなく、注射によって和らげることが可能です。
歯科におけるボツリヌス治療の基本的な考え方
ボツリヌス治療とは、ボツリヌス菌という細菌が作り出すタンパク質(ボツリヌストキシン)を、人体に安全な形で医薬品として精製した製剤を、特定の筋肉に注射する治療法です。
メカニズム
このタンパク質には、筋肉を動かすために必要な神経からの指令(アセチルコリンの放出)を一時的にブロックし、過剰に働き、緊張し続けている筋肉の力を、穏やかに弱める(弛緩させる)作用があります。
筋肉の動きを完全に麻痺させて止めてしまうのではなく、あくまで「異常に強すぎる力を、生理的に適正な状態へと調整する」のが、この治療の目的です。
歯科領域における重要な役割
睡眠中や、日中の集中時などに、私たちが無意識で行っている歯ぎしりや食いしばりの際に、奥歯にかかる力は、時に50kg、あるいはそれ以上にもなると言われています。
この、ご自身の意思ではコントロール不可能な強大な力は、健康な歯をすり減らし、時にはヒビを入れたり、割ってしまったりするだけでなく、セラミックなどの詰め物・被せ物の破損、顎関節(顎の付け根の関節)への過剰な負担、さらには、そこから連鎖する慢性的な頭痛や肩こりの根本的な原因ともなります。
従来の「マウスガード(スプリント、ナイトガード)」は、この強大な力から歯や修復物を守るための、いわば「防御的な鎧(よろい)」の役割を果たします。
それに対し、このボツリヌス治療は、その力の源である「筋肉の異常な働きそのもの」に直接アプローチし、負担を根本原因から軽減させることができる、全く異なるアプローチの治療法なのです。
安全性と可逆性について
治療に用いる製剤は、品質が厳格に管理された、厚生労働省の認可を受けた医療用のものです。
また、その効果は永久に持続するものではなく、注入された薬剤は、おおよそ4ヶ月から6ヶ月ほどで体内で自然に分解され、筋肉の働きも、徐々に元の状態に戻っていきます。
効果が一時的であり、もし効果が切れれば元に戻るという「可逆性」が、かえって患者様にとって、安心して治療を受けていただける一つの大きな要素にもなっています。
歯科におけるボツリヌス治療
当院では、ボツリヌス治療を、お口周りの以下のような様々な症状の改善に応用しています。
1. 歯ぎしり・食いしばり、および顎関節症の症状緩和
睡眠中や、日中に無意識のうちに行ってしまう、強い歯ぎしりや食いしばり(ブラキシズム)は、ご自身の意思でコントロールすることが非常に困難です。
噛むために最も強く働く筋肉(咬筋など)にボツリヌス治療を行うことで、その筋肉の異常な緊張状態を和らげ、歯や顎関節にかかり続けている破壊的な力を、効果的に軽減させることが可能です。
これにより、歯のすり減りを防ぐと共に、顎の痛み(咀嚼筋痛)や、「カクカク」といった顎関節症の不快な症状の緩和が期待できます。
また、先述の通り、歯ぎしりや食いしばりに対しては、歯そのものを物理的なダメージから守るための「マウスガード(ナイトガード)」も、非常に有効かつ基本的な治療法です。
ボツリヌス治療とマウスガードを併用することで、「筋肉の過剰な緊張を、内側から和らげる」アプローチと、「歯を、外側から物理的に保護する」アプローチを、両面から同時に行うことができ、より確実な症状の改善と、歯の保護を目指すことも可能です。
2. ガミースマイル(歯茎が目立つ笑顔)の改善
ガミースマイルとは、笑顔になった際に、上の歯茎が、通常よりも広く、大きく見えてしまう状態を指します。
その原因は様々ですが、もし、上唇を引き上げる筋肉(上唇挙筋など)の働きが強すぎることが主な原因である場合には、ボツリヌス治療が有効な選択肢となります。
この、唇を過剰に引き上げる筋肉の働きを、ボツリヌス治療によって、適度に少し弱めることで、笑った時の上唇の上がり方を自然に抑え、歯茎が見えすぎる状態を、外科手術などを行うことなく改善します。
3. エラの張り(咬筋肥大)や、口元のしわの調整
慢性的な歯ぎしりや食いしばりの癖が、長期間にわたって続くと、噛むための筋肉(咬筋)が、まるで筋力トレーニングを続けたかのように、必要以上に発達し(肥大し)、結果としてお顔のエラが張って、顔が大きく見えてしまうことがあります。
この、過剰に発達した咬筋にボツリヌス治療を行うことで、筋肉のボリュームが少しずつ自然に減少し、フェイスラインがすっきりとした、シャープな印象になる効果(小顔効果)が期待できます。
また、お口を閉じる際に、無意識に顎(オトガイ)に力が入り、「梅干しジワ」ができてしまうのも、頤筋(おとがいきん)という筋肉の過剰な緊張が原因です。
この筋肉の緊張を適切に和らげることでも、より自然で、リラックスした口元を作ることが可能です。
4. 噛み締めが関連する、原因不明の頭痛・肩こり
私たちが食べ物を噛むために使う筋肉(咀嚼筋)は、こめかみ部分にある側頭筋などを介して、頭や首、肩の筋肉と、密接に繋がっています。
そのため、慢性的な食いしばりや噛み締めは、自覚がないまま、常に頭や首周りの筋肉を緊張状態にさせ、他の科で検査しても原因が分からない、いわゆる「緊張型頭痛」や、慢性的な肩こりを引き起こす、隠れた原因となっているケースが少なくありません。
ボツリヌス治療によって、この無意識下での過剰な噛み締めの力を適正化することで、これまで悩まされてきた、これらの不快な症状が、劇的に緩和・改善されることもあります。
安心して治療を受けていただくための流れ
カウンセリング・診査
まずは、患者様が現在お悩みの症状や、改善したい点について、担当の歯科医師が詳しくお話を伺います。
その上で、お口の中の噛み合わせの状態、歯の摩耗度合い、そして顎周りの筋肉(特に咬筋や側頭筋)の張り具合や、圧痛(押した時の痛み)の有無などを、専門的に、丁寧に診査し、ボツリヌス治療が、その症状に対して適切なアプローチであるかを診断します。
治療計画のご説明
診査・診断の結果に基づき、どの筋肉に、どのくらいの量の薬剤を注入するのが最適か、そして、それによってどのような効果が期待できるのか、また、治療後の一般的な経過などについて、分かりやすくご説明いたします。
ご不明な点や、ご不安に感じられることがあれば、どんな些細なことでも、遠慮なくご質問ください。
施術の実施
治療計画にご納得いただけましたら、施術に移ります。
注射する部位(筋肉)を正確にマーキングし、痛みを最小限にするために、皮膚をアイシング(冷却)して感覚を和らげた上で、極細の注射針を用いて、ごく少量の薬剤を、慎重に、数カ所に分けて注入していきます。
施術自体にかかる時間は、注入する部位にもよりますが、通常、5分から10分程度と、非常に短時間で完了します。
治療後の経過とアフターケア
ボツリヌス治療の効果は、注射してすぐに現れるわけではありません。
通常、施術後2~3日から1週間ほどかけて、少しずつ効果が現れ始め、その後、約4ヶ月から6ヶ月間、その効果が持続します(効果の強さや持続期間には、個人差があります)。
治療後の過ごし方に関する注意事項なども、併せて詳しくお伝えします。
リスクと注意点
治療中・治療後に起こりうること
- 施術後、一時的に、注射した部位に、内出血(小さな青あざ)や、わずかな腫れ、鈍い痛みが出ることがありますが、これらは通常、数日~1週間程度で自然に消失します。 筋肉の働きが緩やかになることで、一時的に、表情に軽い違和感(笑顔が作りにくいなど)や、噛む力が少し弱くなったように感じることがあります。 これらの症状も、通常は、時間と共にごく自然な状態に落ち着いていきます。
治療後の注意点
- 注入した薬剤が、予期しない周囲の筋肉にまで必要以上に広がってしまうのを防ぐため、施術後、少なくとも数日間は、治療部位を強くマッサージしたり、こすったりしないようにしてください。 施術当日は、長時間の入浴や、サウナ、過度な飲酒、激しい運動など、全身の血行が良くなる行為は、内出血のリスクを高める可能性があるため、お控えいただくようお願いしています。
ボツリヌス治療を受けられない方
安全な医療をご提供するため、大変恐縮ながら、以下に該当する方は、当院でのボツリヌス治療をお受けいただくことができません。 あらかじめご了承ください。
- 現在、妊娠中、あるいは授乳中の方、また、近い将来に妊娠のご予定がある方(※薬剤の特性上、女性は2回の月経を経るまで、男性は3ヶ月間の避妊が必要です)
- 過去にボツリヌス治療(ボツリヌストキシン製剤)で、アレルギー反応が出たことのある方
- 全身性の筋肉の病気(重症筋無力症、筋萎縮性側索硬化症など)の診断を受けている方
- その他、特定の薬剤(筋弛緩作用のあるお薬など)を服用中の方や、担当医が、全身状態などを考慮し、不適当と判断した場合
費用
| ボツリヌス治療(歯ぎしり・食いしばり・顎関節症緩和など) | 44,000円(税込/50ユニット) |
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その不快な症状、諦める前に当院にご相談ください
「夜間に装着するマウスガードを試しても、朝起きると、まだ顎がだるい」
「慢性的な顎の痛みや、こめかみの頭痛に、もう何年も悩まされている」
そのような、これまでの従来の治療法では、なかなか十分な改善が得られなかった症状に対して、ボツリヌス治療は、皆様のお悩みを解決するための、新しい、そして有効な可能性を開くかもしれません。
お口周りの筋肉と、噛み合わせの機能を、誰よりも深く理解している、私たち歯科医師だからこそできる、専門的なアプローチがあります。
どうぞ、お一人で悩み続けず、お気軽に、私たちにご相談ください。

